陶芸家
小島 こじま 英一えいいち
茨城県 笠間市
小島 英一

’46年 千葉県千倉町生まれ。二松学舎大学大学院修了後、笠間市の製陶ふくだ、桧佐陶工房に勤務。翌年、現在地に築窯し『陶潤舎』設立。女子聖学院短期大学、鯉淵学園の講師なども務める。

著書に『陶芸の彩色技法』(共著)、伝統工芸品シリーズ『益子焼』(ともに理工学社)がある。

瀬戸屋になる - 事事無碍法界 - #8

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まず初めに、これまで読んでいただいていた皆さまに、ずいぶんと久しぶりの更新になってしまった事、大変申し訳ございません。

いただいた感想はささいな言葉も小島に伝え、うんうんにこにこ、そう言葉にもならない言葉をいただいており、とはいえ皆さまに還元できずにおりました。

インターネットによくある、途中でぶん投げたコンテンツの一つ。そう見えても/思われても仕方ないとは思っております。それほど「笠間の窯人」「瀬戸屋になる」とも随分ご無沙汰をしてしまっておりました。そして今後更新できないだろう事をお詫び申し上げます。

ただ少し立ち止まって、自分に見えているものが全てではない事に今一度目を向けていただければ幸いです。

「笠間の窯人」と称し掲載したのは’18年6月から翌6月までの一年間でした。

井上卓さんから始まり、猪本拓さん、佐藤一正さん、根岸よねおさん、藤田光広さん、山下広さん、小林伸光さん、飯田卓也さん。加えてその筆者である小島英一の周辺雑記を紹介させていただきました。陶芸家とはまったく縁のなかった私にはとても刺激的で濃い時間を味合わせていただきました。

短い間でしたがこれらの文章群にはそういったものも濃縮されているだろうと考えています。そして笠間の/笠間の窯人、笠間の陶芸に纏わる一端に照明を当てられたのではないか、と。

気づけば最後の更新から5年以上の時が経ち、そして小島の文章ではない、こんな文章が最後となってしまう事が残念でなりません。

文章を書くには思っている以上に体力を消耗します。やめるのであれば締めの文章をという私の言葉をたびたび退け、執筆再開に向けて回復を目指していた小島は、2023年1月に亡くなりました。とはいえ今だに飄々とした体で工房にいるようにしか思えません。

まだ文字になっていない窯人に会い、お話を聞きいた記録はHDDやノートの中に残っています。ただそれは今後も皆さまの元にお届けする事はできず、とはいえひとつの見方として、焼き物との接し方/楽しみ方の断片は届けられたのではないかと感じています。

話は飛びますが、熱帯雨林に暮らす一部の部族の中には、時間の概念がない人たちがいると聞きます。そこまでいかなくとも、もっと身近にはウチナータイムと言われるものもあります。どちらも、少なくとも私たちとは違う時間感覚です。

またある時期、文章で生計を立てる者に対し売文業といった言葉もありました。

今となっては聞く術もなくわからない事ではありますが、小島はそんな私たちとは違う時間感覚で推敲してい、今後原稿が発掘されるかも知れません。その際には皆さまにお届けいたします。

しかしもしかしたらその前に、それらの言葉は、私やあなたの中から出てくるかも知れません。それまでの間、しばし時間という概念を横に置き、お待ちいただけますと幸いです。そして出来れば私も含め皆様の中から、そんな言葉が湧いて来、これまでの文字群がそのきっかけとなれれば幸いです。

もしかしているかもしれないやきもきとしていた方には、大変遅いご報告となってしまった事、重ねてお詫び申し上げます。

では、また次に皆さまにお会いできます事を楽しみにしております。

2026.3.1公開 | 長久 保慎一

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陶潤社
小島 英一
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