陶芸家
小島 こじま 英一えいいち
茨城県 笠間市
小島 英一

’46年 千葉県千倉町生まれ。二松学舎大学大学院修了後、笠間市の製陶ふくだ、桧佐陶工房に勤務。翌年、現在地に築窯し『陶潤舎』設立。女子聖学院短期大学、鯉淵学園の講師なども務める。

著書に『陶芸の彩色技法』(共著)、伝統工芸品シリーズ『益子焼』(ともに理工学社)がある。

瀬戸屋になる - 私的笠間焼陶業史 - #5

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窯のはなし

自前の窯を持った時が瀬戸屋になったときです。かつての京都のように共同窯の場合はその権利を手に入れたときがそれです。窯元に弟子入りし修行をはじめた時から、いつか自分の窯を持ちたいと思い続けていたから、持てた時の喜びは格別です。だからといって、窯を持ったすべての人が順風満帆にすすむわけではありません。せっかく、自分の窯を持ったにもかかわらず、なかには自分の窯を焼くことはなく、先輩や同僚の窯を手伝っている人もいたりします。一度焼いただけで休止してしまう人もいます。他人からしたら、せっかく窯を持ったのに、という思いがありますが、当人にとって、他人にははかりしれない重圧があるのかも知れません。窯とは不思議なものです。

瀬戸屋には、「一焼き、二素地そじ、三作り」という言葉があります。「焼き」とは窯です。「素地」とは土です。「作り」とはロクロをはじめとする成形技術です。焼き物ですから、当然のこと焼き、窯が一番重要です。いろいろな呼び方がありますが、熱エネルギーからいえば、かつて石炭、重油がありましたが、現在では灯油があります。またLPガスと、電気、そして歴史の長い薪があります。薪窯、ガス窯、灯油窯になります。

窯の構造、炎の流れ具合からは、直炎(昇炎)、横炎、倒炎があり、前回の「いってこい」は半倒炎、半分倒炎式だといえます。また窯焼きの方法によって一般的な単窯(不連続窯)登り窯のような半連続、そして大量生産の連続窯、トンネル窯があります。

窯焚きで一番重要なことは、いかに均一に焼き上げるかということです。百個焼いたら、同じように百個焼き上げなければ窯を焚くことの意味がありません。同じものが二度とできない、焼くたびに異なるものが焼き上がるのでは、単なる偶然の連続で、もの作りではありません。焼き物作りは酒作りとならんで、世界最古の化学工業なのですから、再現性がなければ科学とはいえません。焼き物は科学なのです。

窯の構造、炎の流れ具合からみると、倒炎式が理想的です。焚き口からの炎が窯壁を伝い、天井にぶつかり、床に向かって下降し、煙道から煙突を通って外部へと向かいます。それゆえ、窯の中の温度分布は上下の温度差はなくなり、一定になります。したがって焼き上がりも一定になります。

穴窯や登り窯が良いという人も多くいます。しかし、良いという根拠が示されることは、まずありません。だからといって簡単に否定できる問題でもなさそうです。穴窯や登り窯の構造から、場所により環元炎による焼成と、酸化炎による焼成の方が一度にできること、また窯の上下、火前と奥による温度差などを利用して、一度の窯焚きで、様々なものを焼くことができることが一番の魅力だろうと思います。

穴窯や登り窯の焼成には薪材を用います。薪材が、LPガスや灯油よりも優れているという研究もありません。石油の精製技術により、硫黄分の除去が不十分だった時代もあったと思いますが、現在ではほぼ解決されています。またLPガスには問題がありません。経験的に、灯油やLPガスと薪材の違いは、燃料に含まれる水分ではないかと考えています。

燃料の違いのなかに、炉材の違いがあります。薪窯は耐火煉瓦を用い、灯油やガス窯では耐火断熱煉瓦が使われます。熱エネルギー消費の半分は窯によって失われ、さらに煙突や窯壁から外部に流れ、焼成品に使用されるのは約二割にすぎません。そのため、小さい窯の場合には熱効率のよい耐火断熱煉瓦が使われ、登り窯のような大きな窯になると熱効率よりも築炉費の軽減が優先されます。

この炉材の違いは、焼成時間に大きく影響します。これも経験的に感じることですが、耐火煉瓦の壁は熱を吸収し、耐火断熱煉瓦は熱をはじき返しているような感じがします。その違いが焼き上がりに微妙な違いを与えているような気がします。残念ながら燃料の違いや炉材の違いによる焼成品への影響といった科学的研究はなされていないように思われます。

昔から窯焚きは、あぶり(炙り)、ねらし(ねらしくべ)、せき焚きで行われます。あぶりは窯の温度を上げることよりも窯や内部の湿気、水分を除き、内部の温度が均一になるように徐々に燃料を増やし、八百度くらいまで上げます。その後ねらしに入ります。灯油やガス窯の場合は油量を増し、ガス窯ではガス圧を上げ、温度を上げて、薪窯の場合は一度に大量の薪をくべ、薪が燃えつきるまで放置し、燃えつきたら、また大量の薪をくべを繰り返して温度を上げていきます。酸化焼成の時はそのまま、最終温度に達したら火をとめ、窯焚き終了です。

還元焼成の場合は、千度くらいになったら、青焚きに入ります。大量の燃料をくべるか、あるいは窯の中に入り込もうとする空気をおさえるかして一酸化炭素を発生させます。一酸化炭素は不安定なので他の酸化物から酸素を奪って二酸化炭素に化合して安定しようとします。酸化物は酸素を奪われ、元の形に戻ります。還元です。この焼成法をみつけることで、はじめて磁気が焼かれるようになりました。釉薬や素地よりも、焼成法に最も苦心したといわれています。

焼き物好きのなかには、薪窯でなければ本物ではないと広言する人は一人二人ではありません。作り手にも登り窯でなければ、穴窯でなければと薪窯にこだわる人もいます。薪をくべながら炎を見つめていると浄化されていくような気分になります。この気分は灯油の窯では味わえません。まして電気炉では。

電気炉は輻射熱で熱源から放射され放射熱ともいい、他の窯のように対流しません。また、薪窯とガス窯は自然吸気で燃焼にしたがって必要な空気量は自然に吸収されます。灯油窯は灯油を霧状にして気化させ燃焼させる強制気化なので圧力が窯内にかかります。これらの違いが炉材の違いと焼成時間の違い、炎と輻射の違いなどによって焼き上がりに微妙な違いをもたらすと考えられます。

さらに燃費や労力、設備といった経済的な問題など総合的に判断すると、窯の優位性はさほど重要な問題とも思われません。それぞれ好みの問題として扱われ、研究もなされていないように思います。

窯には個性がない、ということではありません。一度だけ、登り窯の灯油窯、ガス窯焼成の同じ形の天目釉の湯呑を三点並べて見せてもらったことがあります。一見してわかるような違いはありません。見せてくれた人は登り窯焼成がいかにすばらしいかを証明するために見せてくれたものでした。登り窯のそれは釉肌がしっとりとして、奥深い感じがしました。灯油窯のは野武士のような荒々しさというか、強さがあり、ガス窯にはやさしさ、やわらかさを感じました。一方、電気窯のものには優等生のような素直さがあります。

また、公募展で焼締×自然釉の壺を見たことがありました。最初穴窯で焼き、上がりが思わしくなかったようで、恐らく灯油窯で焼き直し、再焼成したもので壺全体があだ光りして下品なもので、これを選んだ審査員の眼に失望したものでした。

薪窯の炎のように灰を含んだもの、灯油窯の強制的に対流させる炎、ガス窯における自然対流、そして電気窯の炎や対流ではない輻射熱による焼成の違いと、昇温速度が早く、しかも冷めやすい断熱煉瓦、昇温には時間がかかるが、蓄熱し、冷めにくい耐火煉瓦という炉材と燃料の組み合わせによる理想型は人それぞれです。しかし、一番大切なことは、いい物とそうでない物とを識別する規準、もの差しを持てるかどうか、本物を作りだす眼を持つことのようです。

2019.2.1公開 | 小島 英一

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陶潤社
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